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インドネシア通信 『悪夢』…の巻き

 

今、帰国便に乗って成田空港へ向かってます。

以前日本のTVで映画『海猿』を見たとき、とても他人事とは

思えぬ場面に、思わずカメラでTV画面を撮っておりました。

その写真がPCアルバムに残っておりましたので、飛行中の無聊を

慰めるため、眺めておりました。

 

  吹っ飛ぶスチュワーデス.

  悪夢の酸素マスク落下!.

  エンジンが火を噴く.

  必死の遺書メモ.

  めがねを外せ.

  今まで一緒で有難う!!!.

  ヘッドダウン!!!.

  死ぬのか….

 

これが他人事であるもんか!

三日あけず飛行機に乗る身。

明日は我が身とならぬ保証なんぞ、どこにも無し。

 

『いつもインドネシアへ行けて好いですね』、

と他人から言われますが、インドネシア旅行ではないのです。

インドネシアで生活しているのです。

飛行機が怖くては仕事が出来ません。

インドネシアが13、466の島から成る世界一の多島国家ですから。

その間をビジネスで移動しようとすれば飛行機を使う意外に手段は

有りません。

三日あけず飛行機に乗り降りするということは、年間の半分を

インドネシアに居るとして、180日/3=年間60回の飛行、

120回離着陸を繰り返すということです。

34年間で4000回を超える死のリスク、まるでパイロットです。

パイロットはそれが商売ですが、小職とっては単なる移動手段です。

 

飛行機に乗っていながらこんな想像をするのは自虐的ですが、

思わず映画の場面と飛んでいる今の現実がダブってしまいます。

成田へ着く直前に搭乗機がこのような状況に陥ったらどうしよう…

自分はどう行動するのだろうか?

非常口へ殺到するだろうか?、それとも他人に道を譲るだろうか?

果たして家族に遺書が書けるだろうか?

 

居間でTVを見てるのであればスリルな想像ですが、

実際に飛びながらですと大変な現実味が出てきます。凄みです。

 

かつてこんな事が有りました。

タラカンからバリックパパンへボウラック(この航空会社名が既に幻)

に乗って飛び発ちました。

ベラウを過ぎた頃から煙霧(山火事で辺り一体霧が掛かった様に

なる現象)が出始めました。

機長より機内アナウンスが入りました。

 

『バリックパパン上空は煙霧で視界が利かないので

    バンジャルマシンへ向かう』

 

しばらく飛んでからまだアナウンスが入りました。

 

『バンジャルマシンも煙霧で降りれないのでバリックパパンへ戻る』

 

しばらく飛んでも窓の外は真っ白、旋回が始まりました。

 

アナウンスが入りました。

 

『バリックパパン上空未だ視界利かず、燃料が切れそうなので着陸する』

 

ガッガッと機体を揺らしながら真っ白な中を降りてゆきます。

上も下もわからない真っ白な世界が窓の外に広がっております。

突然、そう、本当に突然、視界が開けました。

窓の外は海面でした。

スレスレ、手の届きそうな高度に波頭が見えます。

 

堕ちる…

みんなそう思いました。

機内のあちこちからコーランの声が聞こえて来ました。

『アッラー!アクバル』…(アラーの神は偉大なり)

 

隣のおばさんはすすり泣いておりました。

ゴッゴッーと機体を振動させながら、必死の超低空水平飛行が続きます。

 

波の向こうに滑走路が見えてきました。

『ガンバレ、ガンバレ』、心の中で叫びました。祈りました。

滑走路上空までたどり着きますとスタンバイしている消防車と救急車が

見えました。

 

無事降りました。

 

 

タラカンからベラウ空港へ向けて同じ時間に飛び立った2機のトンボ、

(極小プロペラ機のこと、当時はこう呼んでおりました。)

ボウラック社とメルパティ社、メルパティ社所有機が翌日になっても

ベラウ空港に着いていない、との連絡が入りました。

それは、『着かないのではなく堕ちたんだ』、

直感的にそう思いました。

タラカンに戻ってきたボウラック機のパイロットに事情を聞きますと、

『雷雲が出たので俺は海へ逃げたが、ムルパティ機は山へ逃げた、

    これは軍で教えられた事に反する』

と言っておりました。

当時は軍出身のパイロットが多かったのです。

着陸もドン!、と堕ちるように降ります。

下手なのではなく、いつでも何かあれば飛び立てる様にタッチ&ゴーの

訓練を受けていたからです。

 

数日後に、ベラウの山腹にぶつかっているムルパディ機が発見されました。

 

 

旅行者の見るインドネシアとは一味違ったインドネシアを駐在員は

見ていたのでした。

マラリアに罹れば死にます。船に乗れば沈没、飛行機に乗れば墜落。

死は常に身近に居たのです。それがインドネシアの生活でした。

 

当時、木材駐在員の先輩に言われました。

①急性肝炎に罹り、②マラリアに罹り、③漂流すると、一人前だ!

淋病は入っておりません。単なる怪我だからです。

墜落は含まれておりません。生きておれないからです。

こんな冗談を言い合う、インドネシア駐在生活でした。懐かしい!

 

 

そろそろ成田へ着くそうです。無事に降りれますでしょうか?

 

(無事着陸できたからこそ、このメールが発信出来たのです。)

 

  果たして次回は無事で居れますでしょうか…???