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インドネシア通信 『汽車の旅』…の巻   神谷典明

 

ジャカルタでは新幹線の話題で沸騰してます。

10月15日までは無料試乗をさせているので皆が乗りたがって

ハリムに在る始発駅へ殺到してます。

18日からはプロモ割引価格1500円でバンドンまで乗せてくれます。

これが終われば正式価格(恐らく3000円程度でしょう)での

運行が開始されます。愛称は『レッドコモド』です。

 

 

そこで今回のインドネシア通信は汽車の旅から話しをしましょう。

 

『鉄道の度』…特にジャワの旅は良いです。

窓に見える風景は稲刈りだったり田植えだったり。

それも昭和30年代を彷彿させるような景色が車窓を流れます。

牛が田を起こし、人が苗を植える懐かしい風景が見られます。

皆で横一列に並んで田植えをする風景はまさに日本の原風景です。

皆で稲刈りし、脱穀機で籾を飛ばす。実に懐かしい…

問題はこの景色がジャワの車窓では一緒に見える事です。

田植えをしている景色が飛んで行くと次は稲刈りをしている。

田植えと稲刈りを同時にしている地区もあるのです。

植えてから4カ月で刈り取れる。つまり1年間に3回出来ます。

言ってみれば三期作が可能なのです。

計算上は可能ですが実際には二期作に留めております。

植えたら4カ月後に刈り取る。

しかし植える時期は日本のように全国一斉ではないのです。

バラツイテいるのです。灌漑用水が発達しているからでしょうか?

別に雨季に植えるとも限らないのです。植えたら4カ月後に稲刈り。

だから車窓には田植えだったり稲刈りだったりが飛び込んで来ます。

極端な場合は植えている隣で刈り取っております。

緑と黄が交互に見えます。日本ではこんな風景は絶対に見れません。

日本ではあり得ない景色が見られるのは、汽車の旅の醍醐味です。

 

トイレは汚く使う気になれませんでした。

窓は沿線の子供等が面白がって石を投げるのでヒビ割れだらけでした。

日本と一番違うのはホームの高さです。ホームと汽車の乗り口に段差が有るのです。

この段差を脚立で埋めるのですが、汽車が止まっても中々脚立を持って来ません。

みんな仕方なく大きな荷物をもってホームへ飛び降りるのです。

乗る方はもっと大変。荷物を置いてから先に乗った人に引き上げて貰うのです。

反対のホームですと手前の列車をこの作業をしながら渡って行くのです。

結構重労働です。ご老人にはきつ過ぎます。

 

そして何のアナウンスも無いのに突然出て行きます。

ホームでタバコなんぞを吹かしていると、ガタンという音で慌てて飛び乗るのです。

そして何のアナウンスも無く止まるのです。『一体ここはどこの駅だ???』

単線ですので向こうから来る汽車をやり過ごす為に駅で待ちます。

向こうから来る汽車が遅れていると延々と一旦停車をするのです。

こちらが遅れれば向こうが待っております。

両方とも遅れるので各駅で停まる度に長い一旦停車をするのです。

これが遅延の最大原因です。何時に着くかは分かりません。

タイムテーブルは有るだけで守られてません。

楽しみは待っている駅で多くの菓子や果物売りのおばちゃんが乗り込んで来る事です。

ビーフステーキさへも売ってます。噛めるかどうかは別問題。

だから長い一旦停車も苦にはなりませんでした。これが昔の汽車の旅でした。

 

今はほぼ複線化出来ましたので時間に正確です。飛行機より正確です。

日本の汽車が正確だと驚かれておりますが、インドネシアの汽車も負けてはおりません。

ピタッと着きます。昔を知っている身には大いなる驚きです。

そしてアナウンスも丁寧明瞭です。『降りる準備をして下さい』『忘れ物無き様』

トイレは綺麗で窓にはヒビが入っておりません。

その分物売りのおばちゃんは立ち入り禁止で居なくなりました。情緒が薄れました。

走行時間も短くなりました。

小職はジャカルタのガンビル駅から中部ジャワのプルヲコルト駅まで乗るのですが、

昔は5時間掛かりましたが、今では4時間で着きます。

リクライニングも大きく倒れて快適です。エアコンで寒ければ毛布を貸してくれます。

飲みのも食べ物(弁当)も美人の売り子さんが車内を引き売りします。

小職は車窓を眺めながら甘いミルクコーヒーを飲むのが好きです。

 

ここで面白い話を一つ。

昔は無賃乗車が多かったです。入線する列車の屋根には鈴なりの人々。

屋根に居る人はお金を払っておりません。

これを防ぐのにインドネシア国鉄【KAI】も知恵を絞りました。

・屋根に載っている人に駅から色のついた水を吹きかけ、服に着いた色で料金を取る。

・ 屋根すれすれにフェンスを設け屋根への乗車が出来ない様にする。

・ 屋根を3角形にして座れない様にする。

効果が有ったとは思えませんが無賃乗車は無くなりました。

民度が上がったのです。無賃を恥ずかしがる意識がようやく育ってきたのでしょう。

経済成長で少し豊かになった民衆は、節度と云うものを持ち始めたのです。

それが証拠にジャカルタと言わず地方の街でもゴミが落ちておりません。

(目に見える部分は)日本の街よりキレイです。

貧すれば鈍していたインドネシアも、ようやく衣食足りて礼節を知る時代に入って来たのです。

昔を知っているだけに実に素晴らしい事です。 

 

日本の援助で作ったMRT(高架と地下鉄)も、旧ジャカルタ市街であるコタ地区まで延長する

工事が始まりました。

中国の援助でバンドンまで開通した新幹線も、今後は東の商都ラバヤまで建設されるでしょう。

高速道路の整備も進み、ジャワ縦断、スマトラ縦断も遠い将来ではないでしょう。

国産車開発で負けたマレーシア(プロトンサガという国産車を三菱自動車の協力で作っている)

に新幹線で一泡吹かせた爽快感が有ります。

東カリマンタンで新首都『ヌサンタラ』の建設も進んでおります。

ライバルであるシンガポールやマレーシアに追い付け追い越せです。

 

来年2月は大統領選挙の月です。

2億7000万人の国民を有する国で2億人の直接選挙で大統領を選びます。

2期10年を務めあげたジョコウィ大統領は3選禁止ですので立候補できません。

スハルト大統領の元娘婿であった国防大臣プロボヲ氏(72歳)

中部ジャワ州知事であるガンジャル氏(54歳)

ジャカルタ都知事であるアニス氏(54歳)

大統領選挙は副大統領も一緒に選びます。

何とプラボヲ氏の副大統領候補にジョコウィ現大統領の長男ギブラン氏(36歳)を擁立する

という噂も聞こえてきます。その為かジョコウィ大統領は2回も大統領選を戦った政敵

プラボヲ氏を応援している様です。

元家具メーカーの役員で庶民大統領だったジョコ氏も10年の長きに亘って権力の座に

ついているとその魔力に憑りつかれてしまうのでしょうか…

他人の国とは云え、一抹の虚しさを味わっております。 

 

2億7000万人の国内市場を抱え、ほぼ全ての資源を有し、最近多くの国際会議を

主催したり招いたりしてアジアの盟主たらんとしている超大国インドネシアの動向に、

政治的にも経済的にも目が離せません。

2億7000万人の内、1割に相当する2700万人金持ちと3割に相当する8100万人の

中間層で成り立つ国内市場は現在でも1兆ドルに達すると言われております。

インドネシアは中国の様な共産国家ではありません。ロシアの様な専制国家でもありません。

日本と同じ民主主義国家です。

大統領を2億人が直接選挙で選ぶという日本以上に民意を問う国家なのです。

こんな国家で仕事が出来て嬉しい限りです。

この国で45年間もの長きに亘って仕事をして来た自分のライフワークとして、

夢を賭けて見たく思います。 

それは腐らない木、虫が喰えない木を使って木造住宅を地震国インドネシアで普及させ、

レンガ造りでは得られない耐震構造で人々を救う夢です。

インドネシアはジャワ島でもスマトラ島でも南側に地震帯が有ります。

ここに住む人口が1億人を下ることはないでしょう。

この人達を地震の崩壊から守る事。

そして木をインドネシアで商って来た45年間の総括として、これ等の人を守りたい。

インドネシアの人が守れれば、同じ東南アジアで地震帯の上でレンガ造りの家に住んでいる

多くの人々を地震によるレンガ崩落から守りたい。いったい何人の人を守れるだろうか?

東南アジアも中国もレンガ造りの国です。膨大な人々の命が守れます。

夢でもいい。 現実となればもっといい。 

そして、壮大な夢を見させてくれるインドネシアの木と人々に深く感謝します。

 

インドネシアで過ごした(地獄の様な)45年間は決して無駄ではなかった

…と実感する今日この頃です。